アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督による2016年公開の映画で、アカデミー監督賞、主演男優賞を獲得した名作。坂本は2014年に罹患した中咽頭癌の回復期という、体調的には万全でなかった時期にもかかわらず、当代一の監督からの依頼ということもあり制作を引き受ける。而して出来上がったサウンドトラックは、映画音楽史上燦然と輝くものとなった。舞台となったアメリカ北西部の極寒地帯の空気を音で現すため、坂本はフレーズとフレーズの間隔がものすごく空いた、拍節構造がほとんど感じられないコンポジションを行い、息の流れのような音楽を作り上げる。ストリングスにより発せられた和音。その余韻が消え、沈黙としか思えない空白が続く中、またふわりと和音が立ち現れる。短いビートで繰り返されるリズムとは全く異なる、大自然、いや地球単位でのリズムが音として表現されているのだ。そのような構造のサウンドをコンピューターや電子楽器ではなく、あえて生のオーケストラに演奏させているところも本作の凄いところ。譜面でしかコミュニケーションがとれない奏者たちに拍節構造の無い音楽を演奏してもらうため、坂本は小節ごとに拍子が変わるという奇態な楽譜を書き、自身が思い描いていた“間”を得ることに成功する。もちろん、すべてが生のオーケストラというわけではなく、電子音も巧みに組み込まれているほか、チェロやエレキギターなど、これまであまり使ってこなかった楽器を自らが弾いている点にも注目したい。万全ではなかった体調のため、制作終盤でアルヴァ・ノト、ブライス・デスナーの助力を仰ぐことになり、その結果アカデミー作曲賞の審査対象外となってしまったが、オペラ的なライトモチーフ、シンセによる効果音といった、従来の映画音楽とは異なる、アトモスフェリックとでも言うべきサウンドトラックを構築した功績は、後世まで長く語り継がれることになるだろう。
日本盤のみボーナストラックとして 「The Revenant - Main Theme (Alva Noto Remodel R)」を収録。