BEHIND THE SCENEVOL.5|2021.02.26 update

2020Sを包む古代の布”majotae”“majotae,” Wrapping Fabric of Ancient Times for 2020S

坂本龍一の2020年の活動をまとめる『2020S』のリリースまで、約一か月。制作陣へのインタビューと共に、今作の魅力に迫る連載企画「BEHIND THE SCENE」では、これまで制作過程に順じた内容をお届けしてきた。そして、ボックス制作の最終過程として今回注目したいのが、木箱を包む“布”である。

木箱を包む布には、エイベックスが手掛けるファブリックブランド・麻世妙 majotae(まよたえ)の大麻布を採用。縄文時代から日本人が愛用していたという大麻布が、『2020S』にどのような意味をもたらすのだろうか。麻世妙を主導する麻布研究のスペシャリスト・吉田真一郎と、『2020S』のトータルデザインを担当するアートディレクターの緒方慎一郎の両名に、大麻布の魅力や、それぞれが考える日本文化の在り方について問うた。

奇才ヨーゼフ・ボイスとの出会いから、布研究の道へ

麻世妙が取り扱う大麻布とは、その名の通り大麻繊維から作られている。通気性と保湿性に優れ、丈夫で柔らかな素材だったため、かつては農作業が主であった日本人の生活にも馴染み深い存在だった。しかし、第二次世界大戦を機に、日本国内で大麻の栽培が制限され、次第に大麻布は人々の生活から消えていった。

そんな“日本人が忘れてしまった布”を現代に甦らせるべく活動しているのが、日本の麻布研究の第一人者として活動する吉田真一郎である。とある出会いから、彼の布研究家への道が開かれてゆく。

「白い絵の具だけで描いていた27歳の時、西ドイツでヨーゼフ・ボイスというアーティストに出会ったのですが、僕の絵を見るなり、“君自身のルーツや日本のルーツを教えてくれ”と何度も言ってきましてね。でも、僕はこれまで自分のルーツのことなど深く考えたことも無かったので、答えられずにいると、ボイスは“この作品は売れるかもしれないが、君にとって、何の意味もない”と言ってきたのです」(吉田)

吉田が手掛ける昔の大麻布

ドイツ出身のボイスは、政治や社会問題、環境問題などを、彫刻やドローイングといった幅広い手法で表現してきたアーティストであり、物事の背景や起源に深く関心を示すのも頷ける。彼の鋭い一言に突き動かされ、吉田はすぐさま日本へ帰国してしまった。その後、日本の歴史や自分のルーツを辿るにつれ、昔日本人が着ていた衣服へ興味が傾き始め、それらの素材を集めて作品にしようと思い立ったそうだ。

「古布を200点くらい収集した頃に、顕微鏡で検査し始めると、“麻”と分類される中にも、イラクサ、チョマ、タイマ、アカソなど、さまざまな素材があることを知りました。でも、どれも“麻”として一括りにされています。まだまだ知らないものがあると思って、遊びがてら素材ごとに繊維を調べるようになりました」(吉田)

自宅のアトリエにて、日々布の収集・研究に努めている

忘れ去られた「大麻布」を現代へ

布の研究を進めるうちに、アメリカの博物館から、布を素材ごとに分類したカタログの制作依頼を受けるなど、“布の専門家”として注目を集めるようになった。国内外の博物館や美術館を回るうちに、吉田は一枚の大麻布に出会う。その布は、木綿のようにとても柔らかく、見たことがない特徴だったそうだ。

「殆どの文献では“大麻布は農民たちが着ていた硬い布”と書かれています。確かに、大麻布で織られた反物はゴワゴワで硬いのですが、水に濡れた物や天日で晒すことを繰り返すうちに、単繊維の結束をバラケさせることで、柔らかくふわふわの白い布地になります。しかし、明治時代に入り、“さらし粉”と呼ばれる化学薬品で布を白くする方法が取られるようになり、大麻布は硬いまま白くなった結果、“大麻=硬い布”というイメージに繋がったのでしょう。これは古い資料布からもわかります。」(吉田)

柔らかく真っ白な大麻布こそが昔の主流だった

大麻といえば、今の日本では負のイメージが強く、人々に敬遠されがちだが、昔は衣類に使用する素材として親しまれていた。現に、福井県・鳥浜貝塚からは、縄文時代の大麻の縄、紐、編布の断片が発見されており、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館の最近の調査では、「一万年前の縄文人は大麻を管理栽培していたのではないか」という報告もされている。

「木綿が普及したのが江戸時代の頃なので、それ以前に生きていた人たちは柔らかい布を着ていなかったと言われることも多いのですが、けしてそんなことはなく、大麻布は我々日本人に馴染み深い布でした。そこで僕は、今の時代の技術を使って、昔の日本人たちが使っていたものと同じ風合いのものが作りたいと思い、麻世妙がスタートしたのです」(吉田)

機械で大麻布を扱うのは難しく、製品化するまで苦難の日々が続いたという。

自然の流れで導かれ合う、麻世妙と『2020S』

麻世妙の立ち上げには、吉田の知人である、帯匠・山口源兵衛も参加している。京都・室町にある帯製造・販売店「誉田屋源兵衛(こんだやげんべえ)」の十代目である山口は、予てから緒方とも繋がりがあり、布のことで気になることがあれば度々相談を持ち掛けていたという。

「日本に大麻を使った布があるということは知っていて、大麻布を再現することにも興味がありました。ある時、源兵衛さんに大麻布について尋ねたところ、麻世妙のことを教えてもらい、実際に大麻布を見させていただいたのですが、“とても素晴らしいものだ”と驚きましたよ」(緒方)

大麻布に触れた緒方は、「日本を代表する繊維として素晴らしいものだ」と感じたという

大麻布が、縄文時代から日本の生活に馴染み深いものであることを知っていた緒方は、何度も「自分のプロダクトでもぜひ使ってみたい」と考えていたという。今作のコラボレーションは、緒方の願いを叶えると同時に、日本文化を象徴する作品を目指す『2020S』にとっても最適な選択になったといえるだろう。

「デザインした時から、ボックス自体を、神様をお迎えするもの、すなわち“厨子”とイメージしているので、木箱を布に包むことは想定していました。今回エイベックスで制作できるからこそ、“ここで麻世妙を使うしかないだろう”と、すぐに思い付きました」(緒方)

「僕自身はまだ直接お会いしたことはありませんが、ここ最近ダンサーの田中泯さんや、ダムタイプの高谷さんとお話しした時に、坂本さんの話がよく出ていました。その後、 “『2020S』に麻世妙の布が使われる”と聞いたのですが、なんだかとても不思議な縁を感じましたね」(吉田)

“厨子”と見立てた木箱を大麻布で包むことで、『2020S』は完成する

現代に合わせたものづくりが、
日本文化を後世に残すための手段となる

吉田と緒方は、それぞれ人間の生活に必要不可欠な“衣食住”に焦点を当て、日本文化の継承を目指すものづくりを行っている。それは何も、先人たちと同じことを繰り返すわけではない。吉田も緒方も、日本古来のものを、あくまで現代の技術や価値観を以て、再現することにこだわりを持っている。

「大麻布を江戸時代と同じ手法で再現する手段ももちろんありますが、昔と今では水や土も、雨も違います。同じ手法を取っても、同じ大麻布にはできません。だからこそ、今ある最新の技術を使って、縄文時代の風合いを目指すことが一番だと思っています」(吉田)

この一万年で、自然も人の生活も大きく変わってしまった結果、昔と同じ手法を取っても、古き良き魅力は引き出せない。次の世代に日本文化の魅力を伝えるには、現代の環境に合わせたものづくりが必要不可欠であり、それこそが日本文化を後世に残す手段へと繋がる。

縄文時代の風合いを再現するために工場生産を行う麻世妙

また、“日本文化を後世に残す”をテーマにものづくりをする緒方にとって、“神道”という思想が大きなキーワードとなる。神道とは、自然には神様が宿るという日本古来の考え方であり、『2020S』に取り入れている“厨子”、いわゆる神社は、神様と人を結ぶ聖域と位置付けられている。

「縄文時代から変わらず、日本人は自然を神様として生きてきた…ということが、僕のものづくりの背景にはあります。我々は、自然と共生しながら、有限のものを循環して生きてきたはずですし、この精神は時代が変わっても続いていくものだと思います」

環境問題が肥大化する中で、新型コロナウイルスによるパンデミックに直面し、人々は自然回帰を余儀なくされる状況にある。日本に古来からあるものを現代に活かすということは、人と自然の循環を促し、双方が共生する手立てとなるだろう。また、必要なものを必要な分だけ得て、ひとつのものをより長く大切に扱おうとする生活意識が芽生えるきっかけにも繋がるはずだ。

「2020年のパンデミックを経て、地球がリセットをしようとする今、これから人間がどのように自然と共生していくべきか考え、戻っていくしかありません。麻世妙をはじめとした日本のものづくりが、これからの世界の生き方に繋がれば良いなと思っています」(緒方)

自然と共に生きてきたことこそが、日本のルーツとなるのかもしれない

一万年の時を越えて繋がる想い

『2020S』を手にした人は、誰もがはじめに、麻世妙の大麻布に触れることになる。そのきめ細かな生地と、上質でなめらかな質感には、大麻布を知っている人はもちろん、柔らかい布の触感を知っている人までも驚くという。

柔らかい布を知っている人でも驚くほどのなめらかな手触り

また、日本では元来、“包む”という行為で、相手を敬う気持ちを表現してきた。そう考えると、『2020S』では、厨子となる木箱を、麻世妙の大麻布で包むことで、神様である自然と人との繋がりを尊く想うことの必要性を説いているのかもしれない。麻世妙が『2020S』の一部となることで、坂本をはじめ、現代を生きる人たちの記憶と、自然と共に生きてきた縄文時代の人々との記憶が繋がる奇跡の瞬間が生まれるのだ。

「麻世妙に触れてもらえれば、大麻繊維の不思議な風合いを感じると思います。そのことは、縄文人も知っていたはずです。一万年の時を越えて繋がる麻世妙の壮大なストーリを感じ、楽しんでもらえたら嬉しいです」(吉田)

文=宮谷行美