第1回| 「12」をつくるときの
A&R担当の頭の中

コロナ禍では、みんなで一つの場所に集まって何かを体験することが制限されました。今まであまり意識しなかったリアル空間とバーチャル空間の境界線が浮き彫りになりました。瞬間芸術としての音楽は、レコード、CD、データに固定されることによって時空を超えることが出来ました。僕は「音源」という五感の中でも聴覚に訴えてくるものに携わり、そこを起点に、A&Rというミュージックマンとしての役割を担当しています。

教授の「音源」の受け取りは、いつもひどく緊張します。恐れ多くも、おそらく世界初のリスナーとして「音源」に向き合うことが出来るからです。教授が、実はすでにご自身でミックスしていた12曲を「別な耳を通そう」ということでエンジニアのZAKさんが改めてミックスダウンするところから、制作が本格的に始まりました。2022年夏の盛りです。そして9月末、“24-96 Mastering”のロビン・シュミットさんのマスタリング開始。濃密なミックスダウン、マスタリングを経て「MASTER」が完成します。「MASTER」はデジタルデータで用途別に種類分けされます。CD用、通常配信用、ハイレゾ用、レコード用、などです。

業界用語で「完パケ」という言葉があります。「完全パッケージ」の略で完成品のことを指します。「12」の「MASTER」が「完パケ」したので、commmonsのメンバーで一同に集まってスタジオを借りて試聴会を開催しました。みんなで一つの場所に集まって、同時に体感して、感動を共有し、世界初のリスナーとしていかにこの作品を届けてゆくか、を考える、その記念日としたかったのです。「音源」をアナログ空間で、ライブ化したのでした。

「12」は当初「12 Sketches」という仮タイトルがありました。それくらい、瞬間瞬間の勢いのようなものを僕なりに感じていました。まさに曲によっては、息遣いと共に聴こえてきます。「音源」は作品が生まれた瞬間の鮮度のようなものが可能な限り詰め込まれているべき、そう考えます。

僕には大きなミッションが残されていました。アナログレコードの制作です。
「MASTER」はデジタルデータです。このデジタルデータから、アナログレコードを制作するにはアナログの生産工程があります。現在アナログレコードは空前のブームが巻き起こっていて世界中で生産が追いつかない状態です。製造ラインを早めに押さえて、そのスケジュールに合わせてカッティングマスターと呼ばれるアナログレコード用の「MASTER」を作る必要がありました。
ロビンさんの「MASTER」データをStudio Columbiaのカッティング・エンジニア武沢 茂さんにお渡しし、ラッカーを切ってもらいます。「ラッカーを切る」はアナログレコードの特性に合わせて音源を入れ込み原版を作る作業です。レコードは表をA面、裏をB面と呼んだりしますが、アナログレコードは針で一本の線を走っていきます。その大元の線を作っていく(音源を入れ込んでいく)のがカッティング作業となります。ラッカーの音源をデジタイズしてドイツのロビンさんにメールで意見を訊く、そして改めてラッカーを切る。非常に細かいやりとりを何度も行いました。意見交換後は本番カッティングをして工場へ入れます。そしてテストプレスが仕上がってきます。このテストプレスをチェックするのが最終チェックとなります。テストプレスはドイツにいるロビンさんへすぐさま送ってチェックしてもらいました。

アナログレコードの制作は、まさにアナログそのもので、個体差が盤によって生じたり、場合によっては、運搬で曲がってしまったり、予想もしないことが起きてしまいます。そういったことも想定しながら段取りを詰めていきます。今回のアナログレコードの制作にはオノ セイゲンさんの全面的な協力もお願いしました。セイゲンさんに加わっていただくことでQC(クオリティチェック)のダブルチェック体制とさせてもらったのでした。全幅の信頼を置く武沢さん、セイゲンさんのお力のおかげで、最高のアナログレコードを世に届けることが出来ることになったのです。

A&Rの担当分野は、ISRCと呼ばれる楽曲のメタデータ登録だったり、ジャケット制作だったり、編成する(リリースする)形態、品種、価格設定そしてビジネス試算だったり、PRプランニングや宣伝施策、販促施策の立案、素材用意だったり、と多岐にわたります。
全ては作品のため、その一点です。

今回は、アナログレコードに焦点を当てて記述しました。
アナログレコードの一本の線のように、途切れることなくこの先もずっと教授のリスナーとして、そしてスタッフとして「音楽」に関わり続けたいとそう願っています。